映画が終わらない

映画館の暗がりが落ち着くΩと京アニ好きのαによる与太話

ベン図で理解する「リズと青い鳥」

リズと青い鳥」はこれまでの山田尚子監督&吉田玲子脚本作品と同様にストーリーやキャラクターの心情をレイアウト・仕草・背景・音楽等々の演出を論理的に積み上げる事で繊細な感情を伝えようとする京都アニメーションらしい作品です。秘められたメッセージを解読する楽しさがありつつも、内容を一回で納得するのは比較的難しい作品だとも感じました。ファンとしては出されたお題を咀嚼するのはこの上なく楽しい時間なのですが。

作品を構成する鳥・鳥籠・絵本の世界(デカルコマニー)・ベン図など作品を象徴する要素いくつかありますが、今回は「ベン図」を中心にお話の内容を理解してみます。

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青と赤の水彩絵の具が混ざりあうカット

なぜベン図なのかは、終盤に出てきた上記のカットの為です。これは希美とみぞれの共通要素ができた事を表現するベン図として理解できます。重要な事として中央付近は色が混ざり合い徐々に紫色になっています。

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青と赤の集合が重なるベン図 重なった部分は紫色

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青と赤はも2人の瞳の色。目玉の中央には小さく相手の色が差し色で入っている。
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リズと青い鳥のタイトル 文字の色は「紫」色

2人が混ざり合った色である紫色は「リズと青い鳥のタイトル文字」に使われている事からもキーとなる色と考えられます。

2人がどのようにベン図の紫色を獲得していくのかを検討してみます。

互いに素

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2つの集合が共通の要素をもたない
冒頭の登校シーンの後に disjoint の文字が画面中央に提示されます。また中盤に数学の先生が”互いに素”の授業を行っていました。disjoint = 互いに素をベン図で描くと上記のようになります。

このdisjoint = 互いに素は2人を構成する要素や言動を集合に見立てた時に、重なっていないつまり共通の要素が無い事を表現しています。それでは、どのように互いに素なのか2人の要素をチェックしてみましょう。

要素 希美 みぞれ
登校 来る 待つ*1
上履きの置き方 適当 きっちり
ソックス
希美が拾った青い羽 綺麗 綺麗じゃない*2
自由曲 知ってる・好き 知らない
コンクール 金を取る・楽しみ 一生来なくていい*3
時間 時計をしている*4 時間を進めたくない*5
借りた本 絵本 小説
後輩 あり 囲まれている事が多い なし*6
リズと青い鳥(中盤) 私が青い鳥 私がリズ
音楽の実力 無し 有り
相手のこと 友達の1人 よそよそしい 嫉妬 好き 大切 特別
久美子と玲奈の演奏 窓を開けたまま聴き入る すぐに窓を閉める
大好きのハグ 未遂 1回目 嫌だった? (嫌じゃない)
大好きのハグ 未遂 2回目 今度(してあげない) して
リズと青い鳥(後半) 私がリズ 私が青い鳥
大好きのハグ みぞれのオーボエが好き*7 希美の全部が好き*8

これでもかというほど2人に共通点が無い事が描かれています。クライマックスである生物学室での「大好きのハグ」でも、特に共通要素が増える事はなく、ただひたすらにすれ違う2人が描かれているのが印象的です。

f:id:CobaltBombAO:20190210191030j:plain2人が共通の要素をもたない = 互いに素

(一部要素を抜き出しにですが、)ベン図で表すとこのような状態です。ちなみに”音楽が好き”はユーフォニアムでは吹奏楽部に参加している誰もが基本的には持っている要素・嗜好なので、数字でいえば1として捉えています。

共通部分

中盤までは、ほぼ共通部分が無い2人。どのような過程を経て共通部分を持つ事になるのでしょう。

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「(赤い糸の巻き方を)今度教える」と言われて驚く梨々花

きっかけとなったのは剣崎梨々花です。鎧に対して切り込んでいくような名前を持つ彼女がみぞれに積極的にアプローチを行います。剣崎梨々花という「後輩」が出来た事で、ベン図の共通要素が出来ました。希美は戸惑っていましたが。

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「進路調査の紙、白紙で出したのみぞれだけじゃない。」と空をみつめる希美

久美子と玲奈の演奏により、自分の音楽の才能や情熱に疑心暗鬼になった希美。進路調査の紙を出していなかった共通要素が発覚します。

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後輩に「囲まれる」みぞれ

玲奈からのプレッシャーや新山先生との面談で自分の立場に気がつき、みぞれが青い鳥として音楽的な才能を羽ばたかせる事ができました。その時、後輩に囲まれる事を経験しています。一方希美は生物学室へ逃げてしまいましたね。このようにリズと青い鳥の立場が交換され共通要素が増えました。

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みぞれとの出会いを思い出す希美の回想

生物学室での「大好きのハグ」の後は希美の気持ちが急展開。思い出したのか覚えていたのかは分からないですが、出会った頃の思い出をハッキリと回想しています。これも共通要素です。

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行きと帰りで階段の立ち位置が逆に。みぞれは希美に精神的に支えられていますが、音楽的には支えられる立場に。

希美は「大好きのハグ」の後に吹っ切れたようです。「一緒に」下校をし始めました。2人は将来に向けては音大に普通大学と進路を決め、そして希美は「みぞれを音楽的に支える」みぞれは「頑張る」とお互い「コンクールに向かう」目標ができました。飛翔する2羽の鳥は、未来へ歩を進めだした2人を表していたのでしょう。

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重なった事を分かりやすく表現したハッピーアイスクリーム
そして最後のカット。ベン図が重なった事を象徴する表現として出てくるのが、2人が「本番頑張ろう!」と言葉を重ねる「ハッピーアイスクリーム」です。ここまでをベン図にしてみましょう。

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2人が共通の要素を持ったベン図

めでたく2人が共通の要素を持つ =  joint の状態、紫色を獲得してエンディングを迎えられました。最後のカットもdisjointからdisを打ち消してdisjointとするカットで締めます。

希美の気持ちは?

大好きのハグ後の図書館のシーンでは「はいはいわかりました〜!」と元気に答える希美。どうやら音楽の才能・進路の事は吹っ切れてる様子です。しかし、みぞれへの恋愛に関する気持ちは名言されていません。

みぞれの恋は叶ったのか?希美のみぞれに対する気持ちは?

山田尚子監督はパンフレットで「2人に添い遂げて欲しい」と示唆はしていますが、明確に希美の気持ちを説明したカットは映像を見返しても無さそうでした。今作もあ〜あ〜恋をしたのはーいつからか?*9ですよ。

ここからはかなり個人的な解釈になります。ヒントは、リズと青い鳥の為に書き起こされたエンディングの曲 Songbirds にあるのでは無いでしょうか。

今しか見られないような西日の中

ポケットに隠したチョコレートが溶けていった

歌にしておけば忘れないだろうか

たった今好きになった事を

HomecomingのSongbirdsの歌詞からの引用です。I just come to love it now. と歌い上げられる歌詞。このセリフは響け!ユーフォニアムの第二期みぞれが県のコンクールで金を取った際に久美子から「コンクールはまだ嫌いですか?」と問われ「たった今好きになった」と答えている時のセリフからの引用でしょう。みぞれが「コンクール」を肯定的に捉えられるようになった事を表現しているセリフです。

しかし今作におけるこのセリフは違う文脈で使われているようです。「西日の中ポケットの中のチョコレートが溶けていった」という歌詞は生物学室での大好きのハグをした夕日に照らされた情景と、「みぞれのオーボエが好き」と伝えドロドロした物が一気に吹き出したような笑顔の希美に重なると感じます。そうです、これは「希美」の気持ちを歌っているのではないでしょうか?

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Songbirds によって補完されたベン図

歌詞を上記のように解釈すれば”お互いが好き”という共通の約数は増える事になります。

Songbirdsは2期のセリフを引用しつつ、好きの対象は「コンクール」「みぞれ」と違いますがリズと青い鳥の演出として繰り返し使われる対比・デカルコマニーの手法を踏襲しつつ、ベン図の共通要素を増やし、本編では隠れていた恋の結果も知らせてくれる。本作の演出の重要な一部になっている素晴らしいアニソンだと思います。

こうしてベン図*10を通して整理してみると、リズと青い鳥は希美の言うように「ハッピーエンド」だったという事が理解できました。

おまけ

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超!アニメディアに掲載された版権絵

映画の結末であるハッピーアイスクリームのその後を描いた絵でしょう。注目するのは2人が食べている”ダブル”のアイス。ダブルは重なるという意味がありますね。みぞれのアイスは後輩の黄色(梨々花)が青と赤のアイスに挟まれていて、まるで2人のベン図のようです。そして、希美のアイスはSongbirdsの歌詞に出てきた西日とチョコレートのアイスを食べているようですね。

引用

文章: α ( mirrorboy ) 編集: αΩ

*1:モデルになった学校まで行った事がありますが、永遠と20分くらい上り坂を登る苦しいコースです。長い時間歩くなら、友達同士一緒に来ても良いのではと思います。つまり希美にとってはそれほどの中では無いのでしょう。

*2:みぞれの髪を触る癖があります。左髪は否定、右髪は肯定でしょう。この態度と実際の言動がズレる事があり、みぞれは無意識でやってしまっているようです。希美は冒頭の羽を拾うシーンでみぞれの癖を間違えており、我々よりもみぞれへの理解度が低い子なのです。

*3:優子が「最強の北宇治をつくっていこう!」と部員を鼓舞している時にも左髪を触っており興味無さそうです。

*4:大前久美子や先生など、主体的に話しを進めなければいけないキャラクターは時計をしています。

*5:頻繁に生物の標本(死骸)がある生物学室に行く事や、進路指導調査表を出してない事からもわかります。

*6:あえて言えば3匹のミドリフグは後輩の代用として機能しています。餌をあげる = 一緒にファミレスに行って後輩に振舞うの隠喩でしょう。無意識では後輩と仲良くしたかったのかも知れません。

*7:「そして私のフルートを褒めて」という心の声が聞こえてきそうでした。

*8:しかし、希美がオーボエを上げたのと対象的にフルートには何も言及していません。生物学室で窓の外から希美の光を受けるシーンは、象徴的です。フルートの本分である音ではなく反射光を見て高まっています。みぞれも希美をの本質を見ている訳ではないのかもしれません。

*9:聲の形EDの「恋をしたのは」より。山田監督が恋をした瞬間を描くにはキャラクターを川に沈めないといけないので、リズでは難しかったのかもしれません。水槽は置いてありましたが。

*10:今回は分かりやすくする為にハッキリと境界のあるベクター円を使って話しを進めて来ました。実際の映像に出てくるベン図は水彩調でもっと境界が分からないよう滲んだグラデーションの絵になっています。現実的には全ての要素をロジカルに0と1で分けられない事を表現しており微細な表現にこだわる監督らしい演出です。という事を補足しておきたいと思います。